忘れもしないあの日の出来事

1997年に、上海に始めていった。それも、初めての中国でいきなり留学という選択

留学先の大学は決まっていた。

日中友好協会からの紹介で留学をすることになったのである。

これも、ほんと単純な決め方

日中友好協会が中国留学を募集している張り紙を、大学の教務課の掲示板で見たからである。それで。すぐに電話して、応募した。

その後、どんな審査があったか、合格したという連絡があり中国へ留学

 

あとから分かったが、中国の語学留学は、手続きすればだれも基本的に入れてもらえる。その後、僕の友人も何人か留学手続きの手配をしてあげたことがある。

そんな話はどうでもいいが、留学をあっせんしてくれた日中友好協会であったが、留学先で、空港に出迎えが来てくれる約束であったが、だれも来てくれない。空港で待つこと1時間、だれも来ないので、

ぼろぼろのサンタナのタクシーに乗って、いざ、空港を出る。

行先を紙に書いて運転手に渡した。

中国語もわからないので、書くしかない

「上海師範大学」

と書いてわたした。

運転手は、分かった顔して、車を走り出した。

その後、1時間くらいたち、車が止まった「華東師範大学」と書いて

いる。運転手は、指をさして到着したというのである。

どう見ても、「上海師範大学」ではない。

違うと手を振ると、不思議な顔をして、運転手が、近所の誰かに聞きに行った。

その後、分かった顔して、もどってきた。

その後また、車は走りだし、次は、「上海師範大学」についたのである。

よくわからなので、「100元」を渡してタクシーを降りた。

今考えたら、虹橋空港から上海師範大学まで100元とはずいぶん高い金額を払ったものだとおもった。

それでも、目的地に何とかついてよかった。

いやぁ、一日目から迎えも来ず、チャイナリスクを経験した。